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【その他】パクチー栽培始めました!(山木遺跡)

 2025/11/06 その他 この記事は約 3 分で読めます。 13 Views

 

 

拠点でパクチーの栽培を始めました!

発端は、山内先生と川部先生と趣味の話をしていて、山内先生の趣味が料理だそうで、スパイスとかフライパンとかちゃんとしたものを使って、本格的な料理をしているらしく、じゃぁパクチーも好きということだったので、パクチーを育てることになりました。

 

【パクチーの種】

 

パクチーの種は、昔カンボジア旅行をしていた時に知り合った「自称パクチーブームを作ったおじさん」からもらった種。

 

【自称パクチー流行らせおじさん(右)】

 

写真はカンボジアで自称パクチー流行らせおじと酒盛りをした時の写真。そういや、ワイ、どうやっておじと知り合ったんだっけ?覚えてないけど、何故か酒盛りしてたw

⇒ パクチー火付け役が、店を閉めた理由

で、このパクチーおじなんだけど、カンボジアで種をもらった時に「希望者にパクチーの種を無料であげて、パクチーが育ったら、その半分を種で返してもらう(パクチー銀行)」っていうのをやっていると言っていた。

実際、記事の内容や写真が完全に一致してたので、自称じゃなくて「ガチでパクチー流行らせおじ」だったわ。

 

因みに、パクチー(コリアンダー)の歴史は非常に古く、世界では紀元前から、日本には平安時代に伝わったとされているらしい。

平安時代

延喜式(927年)に「胡ずい(こずい)」として記述されているのが初出とされています。当時はその独特の匂いのためか、あまり普及しませんでした。魚の匂い消しなどに使われていたようです。

江戸時代

ポルトガルから再び伝えられ、長崎の御薬園などで薬草として栽培されるようになり、「コエンドロ」と呼ばれるようになりました。これも食用としては定着しませんでした。

現代

1980年代からのエスニック料理ブームや、2016年頃からの「パクチーブーム」により、タイ語の「パクチー」という呼び名とともに一般に広く知られるようになりました。現在ではスーパーの野菜売り場に並ぶなど、日本の食卓にも定着しつつあります。 

 

それにしても、平安時代・江戸時代と2回チャンスがあったにもかかわらず、全然流行らなかったパクチーを現代で流行らせたとは、自称パクチーおじさんは、マジのパクチー神だったという衝撃事実!!

 

 

 

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