【遺跡巡り】登呂遺跡の復元集落を散策してみた!(登呂遺跡)

静岡県にある登呂遺跡。弥生時代の集落と水田の遺構があるということで有名な遺跡。昔から名前くらいは聞いたことがあった遺跡だったんだけど、愛知県に行く途中に通りかかったので立ち寄ってみました。
登呂遺跡

登呂遺跡は、第二次世界大戦中の昭和18年(1943年)に軍需工場建設の際に発見されました。学界の注目度は高く、また、弥生時代の水田跡の遺構が確認されたのは日本で初めてのことでした。そのため、弥生時代の水田を研究する際の基準とされている遺跡です。
現在は、古代の田園風景の中で弥生時代に親しむことができる公園として整備されています。登呂遺跡公園には、弥生人が暮らした集落や水田跡が復元されているほか、弥生時代の貴重な資料が展示されている静岡市立登呂博物館があり、火起こし体験や、田植え、稲刈りなど弥生時代の暮らしを体験することができます。
登呂遺跡の住居

登呂遺跡には、地下水位が高く地面を深く掘れなかった地域特性から生まれた「平地式住居」や「高床倉庫」「祭殿」などの建物が復元されています。
平地式住居

地面を深く掘る一般的な竪穴式住居とは異なり、床を地面と同じ高さにし、周りに土を盛って壁をつくり、周囲に排水溝をめぐらせて水の侵入を防ぐ構造です。
高床式倉庫

湿気やネズミから収穫した穀物を守るため、地面から高い位置に床を設けた建物です。

こちらは教科書でもお馴染みのネズミ返し。思ったよりも返し部分が広い構造になっていて効果は抜群。これなら飛び超えることはできないよね。
祭殿

占いなどの祭祀が行われていたとされる、通常の住居よりも大きな高床式の建物です
水田

約8万平方メートルの広さに、1000〜2000平方メートルに区画された水田が約40枚確認されました。用水路やあぜ道は「矢板(やいた)」と呼ばれるスギの板で補強され、水量を調節する堰(せき)も備わっていました。
現地(登呂公園内)には復元水田が整備されており、現在でも古代米(赤米)の栽培が行われています。一般向けの田植え体験や稲刈りなどのイベントも開催されているらしい。
