【遺跡巡り】縄文時代から平安時代までの復元住居!(平出遺跡公園)

和田峠からの帰り、時間があったので「平井遺跡公園」に来てみました。
平出遺跡は元々行く予定がなかったんだけど、というか知らなかったんだけど、来てみたら割と大き目な遺跡。なんと縄文時代・古墳時代・平安時代の復元住居が設置してある。これはなかなか期待が持てそうということで!
縄文の村

まずは、縄文の村。といってもよくある復元住居なんだけど、住居が7~8軒かな?多分。



今までいろいろな復元住居を見てきたけど、その中では一番ミノムシみたいな感じだなと思った。残念ながら、中は入れないっぽい。

環状に並んだ集落の中心辺りにある立石。こんな感じで石が祭られている集落が縄文時代にはあったらしい。


こっちは、廃村の村。縄文時代とか昔の集落では、何らかの理由で住居を放棄する際に、こんな感じで土器などを廃棄していくことが多い。

何かしらの儀礼とか祭祀とかとされているみたいだけど、実際のところはまだ分かっていない。
古墳時代の村

こちらは、古墳時代の村。縄文時代にはなかった高床式の倉庫の復元がある。といっても、縄文時代に高床式の倉庫があったか否かは知らないけど、古墳時代には稲作が行われていたのは確定しているので、復元されているんだと思われる。


古墳時代の復元住居は先ほどの縄文時代の復元住居と比べると、ミノムシ感が薄れている。でも、古墳時代にしろ縄文時代にしろ、復元住居はあくまで想像だから、逆もあり得るのかもね。見た目はよく見るオーソドックスな復元住居。

こちらは、高床式倉庫の復元。なんとなくこのタイプの階段は嘘っぽく感じる。当時の階段でこんなのあったのかな?

鼠返しは定番中の定番。でも、この日もの通し方といい、造りはかなり現代風のように感じるが、どうなんだろう?

こちらは、おはつもも。古代より栽培されている中国原産の桃らしく、5月に開花して秋に小ぶりの実をつけるのだそう。
平安時代の村

こちらは、平安時代の村。縄文時代や古墳時代に比べると壁がある感じ。あくまで想像での復元だけど。

歴史の授業などでは、平安時代くらいにはやんごとなき人たちの生活が始まっていて、彼らを中心とした歴史を習うけど、一般庶民の家は縄文時代とあまり変わらない竪穴住居って感じ。

もちろん、縄文時代にはカマドはまだないので、ロだったけど、建物の造り自体はそんなに大きな変化がなさそうな感じ。

というか、なんなら江戸時代くらいまでは、もしかしたら農村の庶民は竪穴住居みたいなところに住んでいたのかもしれないね。日本昔話のイメージではそうw
ということで、平出遺跡公園の復元住居(縄文時代・古墳時代・平安時代)でした。上物はあくまで想像の産物ではあるけど、それぞれの時代で少しずつ差異を表現しようとしているのは良かった。
