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【遺跡巡り】縄文人の暮らした浜!(さとはま縄文の里史跡公園)

 2026/04/11 遺跡巡り この記事は約 4 分で読めます。

 

 

さとはま縄文の里史跡公園に行ってきました!

さとはま縄文の里史跡公園は、奥松島にある東北でも最大級の貝塚「里浜貝塚」がある公園。公園とはいうモノの実際には砂浜といった感じ。

貝塚の剥ぎ取り標本が飾られている施設や縄文時代の体験教室などができる公園です。

 

 

里浜貝塚貝層観察館

 

 

公園の入り口に建つのがこれ!里浜貝塚貝層観察館!中にはお馴染みの貝塚の剥ぎ取り標本が展示されています。

 

 

里浜貝塚の剥ぎ取り標本を見ていて思ったのが、加曽利貝塚には散々あったイボキサゴが全くないということ。加曽利貝塚をはじめ、千葉県の貝層のほとんどを占めるイボキサゴが東北では取れなかったんだろう。

まぁ、イボキサゴ自体は小さい貝だから食用には向いていない貝なんだけど、貝層に全く含まれていないのにはびっくりした。むしろ、全国的に見たら、イボキサゴが多く含まれている貝塚の方が珍しいのかもしれない。

 

 

で、そんなイボキサゴの代わりに何が多いのかというと、アイナメ・フグ・マグロ・マダイ・クロダイ・スズキといった魚類。

 

 

あとは、サメ・アシカ・ウミガメなどの海獣類、ウミウ・カモなどの鳥類といった感じ。もちろん、貝類は当然多いんだけど、魚や海獣の骨が多いのが面白かった。

 

【銛先(燕尾型離頭銛)】

 

【石器を作った残り(石核)】

 

【塩づくり用の土器(製塩土器)】

 

魚や動物の骨以外にも、狩りや生活で使っていた骨角器や製塩土器なんかも、剥ぎ取り標本内にあった。中でも銛先はなかなか面白い。

 

 

国史跡「里浜貝塚」

 

 

里浜貝塚貝層観察館から海の方に下って行くと、入り江になった砂浜に到着。よく見ると道中ところどころに縄文土器の破片が落ちていて貝塚っぽい。

きっと、縄文人もこうやって砂浜に下って、そこから海に出て、狩りや釣りをしていたんだろう。

 

【縄文人も見たであろう景色】

 

縄文人が生活の一部として利用していたであろう入り江。奥松島の美しい景色と悠久の時を感じさせる素晴らしい雰囲気。

 

【里浜貝塚について】

 

里浜貝塚は、松島湾に浮かぶ最大の島「宮戸島」にあります。

縄文時代前期(約6800年前)から弥生時代中期にかけての集落跡で、保存状態の良好な貝塚が広範囲に残存し、日本最大級の規模(東西約640m、南北約200m)を持ちます。その規模や質などから、松島湾沿岸地域の拠点的集落のひとつであったと推定されています。

古くから、多数の縄文人骨や、漁具・装身具などの多彩な骨角器が出土することでも知られており、大正時代にはすでに、考古学の基礎的な方法論に基づいた科学的な発掘調査が実施されました。その後も、多くの研究者や研究機関により調査・研究が進められ、平成7年に国史跡、平成12年には資料の一部が国の重要文化財に指定されました。

 

 

広範囲に広がる貝塚は、大きくわけて、《西貝塚》「台囲(だいがこい)地点」、《東貝塚》「畑中(はたなか)・梨木囲(なしのきがこい)・袖窪(そでくぼ)地点」、《北貝塚》「寺下囲(てらしたがこい)・西畑(にしはた)・里(さと)地点」の3つの貝塚群からなります。

里浜縄文人は、数百年~千年単位でムラの場所を移動しながら、各地点に生活の跡を残しました。

 

【貝層が剥き出しの地面】

 

加曽利貝塚もそうだったけど、貝塚の上を歩いていると、貝層が剥き出しになっている地面が結構ある。よく見ると土器も落ちていたりするし、やっちゃダメだけど、掘ってみたら、土器とか骨とか、いろいろな遺物がわんさか出てくるんだろうね。

 

とまぁ、奥松島縄文村歴史資料館の流れで里浜貝塚に足を運んでみました。

道中も島って感じ?田舎のじいちゃんの家っていう感じ?で、のんびりしていて、めちゃくちゃ良い散策だったので、奥松島を訪れる際は、ぜひ里浜貝塚にも行ってみてくだされ~。

 

 

 

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