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【博物館】かわいい狛犬がたくさん!「リ・デザイン・狛犬」(愛知県陶磁美術館)

 2026/08/22 博物館 この記事は約 4 分で読めます。 10 Views

 

 

愛知県陶磁美術館に行ってきました。入り口に入ってすぐのところに狛犬が陳列されていたので撮影。

 

 

なんか見た目がおちゃめな狛犬たちがズラリ。狛犬って守り神みたいで安心感があるよね。

 

 

狛犬とは何か?

 

 

狛犬は、西アジア由来の「獅子」と朝鮮半島由来の「狛犬」を一対にしたものであろうと考えられています。現代では、一対の守護獣をまとめて「狛犬」と呼んでいますが、もとは別の種類の神獣なのです。

まず、「獅子」は、王の権威を象徴する動物であり、イランでは紀元前1800年頃に王墓の鎮墓獣としてその像が設置されました。その後、インドに伝わると釈迦の法力を象徴する動物として釈迦の周囲に描き込まれるようになり、さらに、仏陀の守護獣となって中国・朝鮮半島を通り、飛鳥時代(6世紀)の日本に仏教の伝来とともにもたらされました。

一方「狛犬」は、平安時代初期(8世紀)頃の舞楽関係の資料に、「高麗犬壱頭」「狛犬頭二面」など高麗楽の楽器具として記録されていることから、朝鮮半島からもたらされた高麗楽に登場する動物であると考えられています。

 

 

宮中から、寺院と神社へ。そして現在

 

 

こうして別々のもたらされた獅子と狛犬は、やがて玉座の前や御簾や几帳のあおり止めの鎮子(=重し)に用いられるようになり、9世紀末ころに宮中紫宸殿の賢聖障子に描かれ、それ以降一対の物として定着していったのではないかと考えられています。

その後、寺院にも仏像と共におかれるようになり、中世に入ると神仏混淆と修験道で神社にも祀られるようになりました。

しかし、明治をむかえ近代に入った時、今度は神仏分離が進められる中で狛犬は神社に所属することになりました。これが、我々に親しみのある「神社の鳥居の前で、ニラミを利かせる一対の狛犬」となったのです。

 

 

陶製狛犬の歴史

 

 

室町時代の陶製狛犬

瀬戸や美濃では、13世紀末頃には陶製狛犬が制作されていました。瀬戸市、名古屋市、そして関東の著名な神社などには、室町時代の狛犬が伝世しています。

これらの神社に伝わる狛犬の多くは、獅子・狛犬の規範に忠実に作られていますが、なかには典型的な狛犬よりも山犬(狼)などの身近で勇猛な野生動物を連想させるものが見受けられます。また、他にも狛犬からはほど遠いモデル不明の物も作られています。

 

江戸時代の陶製狛犬

江戸時代になると、陶製狛犬の数が急増し、姿形はバリエーション豊かになります。これは、狛犬が作られた目的が大きく関係しています。

江戸時代以降の陶製狛犬には、江戸時代以前のように神社の注文を受けて制作されるだけでなく、「一般の人々による奉納」という形で納められたものが目立ってきます。そのため、願いの種類に合わせて姿かたちがどんどん変化していったようです。本来の「獅子と狛犬」という姿を離れて、規範にとらわれず自由奔放に制作された様子が見受けられます。

奉納先は神明神社や熊野神社、白山神社、秋葉神社などの山岳信仰として発展した神社が多く、瀬戸や美濃の近隣地域に集中しています。

こうした狛犬が身近な奉納品だったのは、地域に根差した大らかな民間信仰ゆえであったと考えられますが、明治時代に入ると次第にその習慣は失われていきました。

 

 

 

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