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【博物館】火山活動の展示から焼町土器まで盛りだくさん!(浅間縄文ミュージアム)

 2026/09/20 博物館 この記事は約 6 分で読めます。

 

 

縄文スタンプラリーの続きで「浅間縄文ミュージアム」にやってきました!

浅間縄文ミュージアムは、浅間山の火山活動や美しい自然、山麓に栄えた縄文文化などを展示紹介している博物館です。長野県と群馬県にまたがる浅間山(標高2568m)は日本に111あると言われている活火山の一つ。

その浅間山麓は、日当たりの良い南斜面と豊かな水があることで縄文人には大変住み良い環境でした。そのため浅間山麓には縄文時代の遺跡が数多く存在します。川原田遺跡、宮平遺跡、滝沢遺跡、塚田遺跡などの発掘調査で出土した縄文土器や石器、縄文人が食べた動物の骨やドングリなどの植物の実、土製の耳飾りや翡翠のペンダントなどの装飾品が展示されています。特に重要文化財に指定されている焼町土器は比肩です。

 

 

博物館の入り口回り

 

 

浅間縄文ミュージアムは、博物館の入り口周りにもいろいろと見られるものがあった。最初に目についたのは「滝沢遺跡の敷石住居跡」。

御代田町の滝沢遺跡で1992年に発掘されたもので、鉄平石を敷き、安山岩と軽石で四角く囲んだ石囲炉があった。敷石住居は、縄文時代中期後半から後期の中部地方や関東地方西部に流行するもので、住居以外に祭祀遺構とする説があるが、今日では住居とする見方が一般的なのだそう。

 

 

平安時代の馬の骨。鋳師屋遺跡群のひとつである野火付遺跡からの出土遺物で、9世紀後半(平安時代)に埋葬された馬の骨らしい。

 

 

大きさは木曽馬程度の大きさで体高130cmくらいの牝馬だそう。鋳師屋遺跡群のそばにあった塩野牧で生産された産駒だと考えられている。

 

 

縄文人の暮らしの展示

 

 

ということで、博物館入口周りの展示はこの辺にして、いよいよ博物館の中へGO。土器を作っている様子の再現や縄文時代草創期の土器などの展示。

 

 

縄文時代の初期のころの土器は、底が尖った土器が多くて、文様もシンプル。先が尖っている土器は使いづらそうな印象。

 

 

博物館の中央に進むと、「一杯どうだい?」と言わんばかりの縄文人のジオラマがお出迎え。

 

 

こんな笑顔で縄文汁を薦められたら断れないでしょうw

で、こういう展示で見ておくべきは縄文人の姿。着ている服や身につけている装飾品。髪型から耳飾りに至るまで、当時の身につけていたであろう物が再現されている。縄文汁の中身もキノコや山菜や肉ですね。足元には動物の毛皮が敷いてあって、ドングリなどの木の実を磨り潰していた様子が伺えます。

こうやってよーく観てみると、イメージしていた「はじめ人間ギャートルズ」みたいな生活はアニメの影響がめちゃくちゃ強いのが分かる。あれはおそらく、縄文時代以前の旧石器時代のイメージなんだろう。多分。

 

 

ということで、実際に食べていたでものの解説。現代でもよく食べているものはサケと一部の木の実くらいだね。食べなくなったものは、現代ではジビエと言われる肉類になっている感じ。

 

 

これは実際に出土した食べ物の遺物。こうやって観てみると、縄文時代の生活は案外充実していたことが分かる。むしろ今みたいに働いてお金を稼いで買い物をして、といった生活よりも、木の実を採取して、動物を狩って、魚を釣って、みたいな生活の方がストレスがないような気がしないでもないw

 

 

縄文人の装飾品の展示

 

 

こちらは縄文人の装飾品の展示。耳飾りや翡翠の垂れ玉など、今でもイヤリングやピアスやネックレスとして後世に形が残っているものが多い。

 

 

大昔から、人間はキラキラしたものに目がなかったのだろう。カラスみたいだ。

 

 

顔面装飾釣手土器

 

 

御代田町の宮平遺跡のJ-33住居跡と名付けられた大型住居の石囲炉のそばから、縦に真っ二つに割れた状態で見つかった土器。顔面表現がある部分に欠損が見られるが、全体の90%が残っていて良好な状態で見つかりました。

顔面表現として細長い目と高い鼻、鼻の下には人中といわれる筋が入り、真ん中の大きな空間部分はあんぐりと口を開いた状態が表現していると考えられていて、その姿から「あくびちゃん」という愛称で親しまれている。

 

 

鉢の部分には大量のススやコゲが付着していて、化学分析の結果からクリやトチの実、もしくはそれをエサにした動物を加熱していたことが判明しました。釣手土器はランプのように使われていたと考えられていますが、この顔面装飾釣手土器はそれとは別の目的で使用されていた可能性もあります。

 

 

焼町式深鉢土器(重要文化財)

 

 

焼町土器は、浅間山南側(長野県)の千曲川上流域を中心に出土する縄文土器で、同じ長野県内の松本、諏訪地域、浅間山北側である群馬県でも出土しています。

特徴は、ドーナツのようなメガネのような形の突起が付き、渦を巻くように付けられた粘土紐と表面描かれた躍動的で流れるような曲線にあります。

 

 

焼町土器のように「流れる文様」は日本海側の縄文土器(上山田式土器)にも見られる特徴です。その一方で太平洋側の縄文土器(勝坂式土器・阿玉台式土器)は、パネルのように「区画する文様」が特徴です。

 

 

全く違う文様の付け方ですが、川原田遺跡からは焼町土器と一緒に「区画する文様」の土器が出土しています。そのことから他の地域の縄文土器を受け入れて交流していたと考えられます。

 

 

浅間山と自然環境

 

 

博物館の2階は、浅間山の噴火活動や周辺の自然の展示になっている。

 

 

過去の噴火の記録は、逃げ切れなかった人の遺体の写真なんかもあって、なかなかショッキングな展示。

 

 

2000年以降でも小規模な噴火をしているみたいだし、日本が火山大国であることが改めて実感させられる展示だと思った。

 

 

 

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