【博物館】遺跡庭園「縄文の村」をお散歩!(東京都埋蔵文化財センター)

東京都埋蔵文化財センターには、縄文時代の環境を再現した遺跡庭園「縄文の村」がある。
こういうところにある復元された住居って、どうしても現代の雰囲気が残ってしまうんだけど、ここはこれまで見てきた復元住居の中でも、現代の雰囲気がだいぶ排除されていた気がする。
縄文時代中期の竪穴住居(4500年前)

鉄塔の東側に発見された住居をモデルに復元した住居です。壁沿いの5本の柱で屋根が支えられており、床は長径5m、短径4mの楕円形で、面積約15㎡は縄文時代中期の標準的な大きさを示しています。

この日はちょうど焚き火の日だったので、火が焚かれていた。
竪穴住居って、見た目的にすごい寒そうに感じていたんだけど、なかなかどうして、火が焚かれている意外に温かい。真冬なのに全然平気な温度だった。
あと、竪穴住居内で火を焚いたら煙がやばいんじゃないかと思っていたけど、そんなこともなく、少し煙いかなくらいだったのにはびっくりした。

天井の下にロフトみたいな造りがあって、屋根にも穴が開いているから、空気の循環が上手くいっているんだと思う。上物は崩れてしまっているので、実際の縄文時代の建物はどうか分からないけど、多分そんなに変わらないんじゃないかな?
昔ベトナムを旅していた時に訪れたモン族のスーさんの家を思い出したよ。
縄文時代前期の竪穴住居(6500年前)

発掘調査当時の位置に復元された住居です。床の形が長軸7m、短軸4.5mの長方形で、面積は約30㎡とかなり広くなっており、5~6人くらいは十分に住めそうです。
住居の棟の上には、屋根が浮き上がらないように土で押さえ、さらに岩松などの草が植えられています。

実際はどうか分からないけれど、柱も結構しっかりとした造り、これだけの家を重機も鉄器も使わずに、木や石や骨でできた道具だけで作ったんだから凄いよね。

これは土器置き場かな?こんな風に普段使わないときは端っこに寄せていたんだと思う。

炉も忠実に再現されている。縄文時代前期の土器は尖底の土器が多かったから、ここに石を重ねてその上に土器を固定していたんだろうね。
縄文時代中期の敷石住居(4500年前)

八王子市堀之内のNo.796遺跡で発見された住居を移築したものです。床に大きく平たい石が敷かれていることから、「敷石住居」と呼ばれており、およそ4500年前の多摩地域の住居の特徴をよく示しています。床面積は約7㎡と少し小さめです。
去年の12月にイタズラをされてしまったらしく、中を見ることはできなかった。誰だよ!くだらない真似したのは!

仕方がないので、ネットで拾ってきた写真が上の写真。
住居内に敷石をする効果って何なんだろう?地面から直接熱を受けないから保温性が上がるのかな?焚き火の温度も移りやすそうだし、下からの水分もシャットアウトできるかもしれない。
湧水跡

北斜面の小さな谷に湧き水を溜める小さな水場がつくられています。現在は水脈が切れて湧き水は見られませんが、かつてはどんな日照りのときでも涸れることはなかったようで、きっと縄文人もこの水を利用していたのでしょう。
実際、この湧き水は江戸時代から続く農家の生活用水として使われていたらしく、昭和の初期にこの辺りに建物が乱立するまでは、湧き水も沸いていたらしい。
遺跡庭園「縄文の村」の環境

庭園内を歩いていると、どんぐりなどが落ちている。きっと縄文人たちも、森の中を散策中にどんぐりなどを拾って食べていたんだろうな。


上の写真はオニグルミの木とノビル、どちらも食べられるので、そういった食べられる草木が豊富にある森で水場が近い場所に家を建てて集落を作っていたに違いない。

草木の利用は食べ物だけじゃない。写真のケヤキの木なんかは、加工して容器や櫂などにも使われていたらしい。
とまぁ、こんな感じでこじんまりとしているけど、縄文人たちが生活していた環境を再現したのが、遺跡庭園「縄文の村」。東京の都会のど真ん中にこんな施設があることにビックリ、なかなか面白い庭園だった。
